「週刊とうきょう」涌井友子さんのこと。「異色の温泉宿」掲載のこと。 [温泉マニア]
「週刊とうきょう」涌井友子さんのこと。「異色の温泉宿」掲載のこと。
2022年8月、東京新聞「中野に根指す91歳現役記者!」
2023年3月、毎日新聞「東京彩人記」に取り上げられる。女性自身、ヤフーニュースにも取り上げられた。東京都中野区に地域新聞で91歳の現役記者が活躍している姿を伝えていた。次女の久美子さんが発行を支えている。1974年に地域紙記者だった夫の啓権(ひろのり)さんが独立し発刊された。今は月二回刊タブロイド判二ページ郵送で購読料は六か月で3150円。
参考:東京新聞 中野に根差す91歳の現役記者。夫の遺志継ぎ40年 地域紙「週刊とうきょう」https://www.tokyo-np.co.jp/article/197500
私は、昭和53年(1978年)27歳まで東京都教職員を対象に職域生協の事務局で働いていた。生協運動と労働運動のあり方に矛盾を感じて、自分の判断でできる仕事をと旅行業界へ転身した。結婚した年で、年収が一挙に200万円減額はショックだったが、地域の旅行会社に修行のつもりで3年間働いた。世田谷の経堂事務所に勤めることになりそこを起点に中野、練馬、世田谷の老人会旅行の営業にいそしんでいた。中野区の「週刊とうきょう」へは営業の一環とお会いしたと思う。主に地域の老人会の営業、添乗業務をこなしていたが、個人的に親しい方に紀行文を寄稿していただいて年二回の「紀行誌―ひまわり」を発行していた。啓権が創業されてから、4年目になり新企画を考える時期だったのかも知れない。多分その線からの展開だろうと思うが、昭和53年10月15日号から(1978年)「週刊とうきょう」の記事に「異色の温泉宿」の紹介をすることになった。当時の週刊とうきょうは、月3回刊で、記事の長さによって1回から2,3回に分けて掲載されることもあった。
第一回目は平家落人の里 湯西川温泉―本家伴久万久旅館。破格の取り扱い(一面八段抜き24字×14行×8段)だった。二回目は、玄関に依田家の家紋 奥伊豆・大沢温泉ホテルーこれは3回ほどに分割されて紹介されていた。現在は、ホテルは廃業し、日帰り入浴施設になっている。
https://www.izu-matsuzaki.com/pages/111/
3回目は、上州深山のいで湯 奉仕温泉―長寿館―までは資料でわかっている。なんせ45年前のことで、この連載がいつまで続いたのか覚えていない。
そのころから、涌井友子さんは営業と子育てに多忙で、4人娘の一番下4歳位女の子がいつも友子さんについていてほほえましかったことを覚えている。中野、世田谷、練馬地区での添乗の仕事が忙しく、年に100日~130日添乗に出ていた。同じ宿へのピストンで送り込むような仕事も続いた。長野県山田温泉の高級旅館で「狸のポンポン鍋」で有名だった藤井荘は当時新館ができた頃、旧館の集客に老人会の客層を受けていた。2泊で宿泊し、3日目に帰る朝、従業員に「また明日来るから、よろしくね」とあいさつをしていたことを思い出す。
旅行業の修業時代は3年で終わり、1年目に国内旅行業資格を取得することもできた。修業時代は営業での顧客との親密な付き合いや添乗業務の在り方など多くのことを学んだ。個人的には旅行業界の知識の無さに嘆き、全国の温泉巡りを開始した頃でもあった。
その後、仲間との共同経営、さらにやむを得ず40歳代で自営の道を行くことになった。「週刊とうきょうー涌井友子さん」の記事は、遠い昔の記憶を引き戻せてくれた。
☆鎌倉街道を歩く https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2022-11-09
☆「多拠点生活」ADDressを試してみる! https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2021-10-24
☆過去に旅した印象深い景を描こう!シルクロード、スペイン巡礼を。
https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2021-10-03
☆エッセイ温泉夜話 https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/archive/c35629-1
☆スペイン「聖地サンティゴ巡礼」の旅 2012年12月~2013年7月15日の記録
https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2017-07-20
☆シルクロード・敦煌の莫高窟、鳴沙山、月牙泉へ。https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2019-10-22
☆信州・白馬温泉に長期滞在し、ハイキング三昧へ! https://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-14
☆ミャンマー最大の名所・仏教建築群バガンに来た! https://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2019-02-15
☆インドネシア滞在の旅 出国審査で「違法滞留」https://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2018-07-01
☆奄美大島へ友人と古民家探しに行く!http://hide-tabi.blog.so-ne.t.ne.jp/2017-12-28
☆危機一髪エッセイ http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2017-02-26
☆四国歩き遍路 第1番・霊山寺~第6番・安楽寺http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25
☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://aspa.starfree.jp/
☆マツノヒデマサの旧街道を歩く旅 http://aspa.starfree.jp/tabi/nikko/index.html
★スペイン聖地サンティゴ巡礼を歩く 初日サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2013-06-19
☆スペイン聖地サンティゴ巡礼を歩く・全行程の記録 https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2017-07-20
☆海外温泉入浴珍道中 http://aspa.starfree.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2014-02-01
2022年8月、東京新聞「中野に根指す91歳現役記者!」
2023年3月、毎日新聞「東京彩人記」に取り上げられる。女性自身、ヤフーニュースにも取り上げられた。東京都中野区に地域新聞で91歳の現役記者が活躍している姿を伝えていた。次女の久美子さんが発行を支えている。1974年に地域紙記者だった夫の啓権(ひろのり)さんが独立し発刊された。今は月二回刊タブロイド判二ページ郵送で購読料は六か月で3150円。
参考:東京新聞 中野に根差す91歳の現役記者。夫の遺志継ぎ40年 地域紙「週刊とうきょう」https://www.tokyo-np.co.jp/article/197500
私は、昭和53年(1978年)27歳まで東京都教職員を対象に職域生協の事務局で働いていた。生協運動と労働運動のあり方に矛盾を感じて、自分の判断でできる仕事をと旅行業界へ転身した。結婚した年で、年収が一挙に200万円減額はショックだったが、地域の旅行会社に修行のつもりで3年間働いた。世田谷の経堂事務所に勤めることになりそこを起点に中野、練馬、世田谷の老人会旅行の営業にいそしんでいた。中野区の「週刊とうきょう」へは営業の一環とお会いしたと思う。主に地域の老人会の営業、添乗業務をこなしていたが、個人的に親しい方に紀行文を寄稿していただいて年二回の「紀行誌―ひまわり」を発行していた。啓権が創業されてから、4年目になり新企画を考える時期だったのかも知れない。多分その線からの展開だろうと思うが、昭和53年10月15日号から(1978年)「週刊とうきょう」の記事に「異色の温泉宿」の紹介をすることになった。当時の週刊とうきょうは、月3回刊で、記事の長さによって1回から2,3回に分けて掲載されることもあった。
第一回目は平家落人の里 湯西川温泉―本家伴久万久旅館。破格の取り扱い(一面八段抜き24字×14行×8段)だった。二回目は、玄関に依田家の家紋 奥伊豆・大沢温泉ホテルーこれは3回ほどに分割されて紹介されていた。現在は、ホテルは廃業し、日帰り入浴施設になっている。
https://www.izu-matsuzaki.com/pages/111/
3回目は、上州深山のいで湯 奉仕温泉―長寿館―までは資料でわかっている。なんせ45年前のことで、この連載がいつまで続いたのか覚えていない。
そのころから、涌井友子さんは営業と子育てに多忙で、4人娘の一番下4歳位女の子がいつも友子さんについていてほほえましかったことを覚えている。中野、世田谷、練馬地区での添乗の仕事が忙しく、年に100日~130日添乗に出ていた。同じ宿へのピストンで送り込むような仕事も続いた。長野県山田温泉の高級旅館で「狸のポンポン鍋」で有名だった藤井荘は当時新館ができた頃、旧館の集客に老人会の客層を受けていた。2泊で宿泊し、3日目に帰る朝、従業員に「また明日来るから、よろしくね」とあいさつをしていたことを思い出す。
旅行業の修業時代は3年で終わり、1年目に国内旅行業資格を取得することもできた。修業時代は営業での顧客との親密な付き合いや添乗業務の在り方など多くのことを学んだ。個人的には旅行業界の知識の無さに嘆き、全国の温泉巡りを開始した頃でもあった。
その後、仲間との共同経営、さらにやむを得ず40歳代で自営の道を行くことになった。「週刊とうきょうー涌井友子さん」の記事は、遠い昔の記憶を引き戻せてくれた。
☆鎌倉街道を歩く https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2022-11-09
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☆過去に旅した印象深い景を描こう!シルクロード、スペイン巡礼を。
https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2021-10-03
☆エッセイ温泉夜話 https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/archive/c35629-1
☆スペイン「聖地サンティゴ巡礼」の旅 2012年12月~2013年7月15日の記録
https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2017-07-20
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☆四国歩き遍路 第1番・霊山寺~第6番・安楽寺http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25
☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://aspa.starfree.jp/
☆マツノヒデマサの旧街道を歩く旅 http://aspa.starfree.jp/tabi/nikko/index.html
★スペイン聖地サンティゴ巡礼を歩く 初日サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2013-06-19
☆スペイン聖地サンティゴ巡礼を歩く・全行程の記録 https://hide-tabi.blog.ss-blog.jp/2017-07-20
☆海外温泉入浴珍道中 http://aspa.starfree.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2014-02-01
おばあちゃん記者頑張っていますね(^_^)v 私は4年間ミニコミ誌に関わりましたので、「週刊とうきょう」に興味津々。悪い意味は有りませんが、執念、かと(*^_^*) 市内には行政をタタキ回る地域紙も有りましたが廃刊。残念でした。イベントを企画しガイドもしていたので、大変だろうけど私も旅行業に就きたかったです(^_^;)
by yokomi (2023-03-19 09:33)
涌井さんが元気に自身㋔足で取材をして、2週間毎のタウン誌「週刊とうきょ」を発刊していることを知りました。
同じ中野区民として嬉しく思います。是非購読したいのでl手続き方法をお知らせください。
五十嵐良雄
〒161-0035
中野区白鷺2-12-11
電話080-7691-8775
FAX:050-3094-6672
宜しくお願いします。
by 五十嵐 良雄 (2024-06-24 11:11)