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「スペイン・聖地サンティアゴ巡礼の旅」 「夢の庭 114号正月」掲載2014年1月1日発行 [旧街道を歩く]

「スペイン・聖地サンティアゴ巡礼の旅」 「夢の庭 114号正月」掲載2014年1月1日発行

長野県上田市塩田平、前山寺そばの陶芸窯「夢の庭工房」で多彩な活動を展開している陶芸家小澤楽邦氏主催の季刊誌「夢の庭」に依頼されて掲載させていただいた拙文「スペイン・聖地サンティアゴ巡礼の旅」を転載させていただく。
小澤邸ローズガーデンで”夢の庭”100号記念パーティーhttp://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2010-06-22
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巡礼の出発地サン・ジャン・ピェ・ド・ポー市街地
 
 2013年6月18日から7月22日にかけて35日間、スペイン「聖地サンティアゴ巡礼」約800㎞を歩き通した。その前後の日程(6月15日~7月30日)で、フランスの聖地ルルドで沐浴体験とスペイン・オウレンセ温泉での入浴も果たした。
1993年に世界遺産に登録された「聖地サンティアゴ巡礼路」には、全世界から毎年19万人前後、日本人は860人(2012年)の巡礼者が訪れる。巡礼35日間で日本人に出会ったのは、わずかに7人。今回のコースは「フランスの道」と呼ばれるフランス側のサン・ジャン・ピェ・ド・ポーからピレネー山脈を越えて西へサンティアゴ・デ・コンポステーラまで。

 「スペイン聖地サンティゴ巡礼の旅」のきっかけは14年前から始めた「旧街道歩き」である。東海道五十三次、中山道六十九次、日光街道に次いで奥の細道を歩いていた時にテレビ番組で俳人黛まどか氏の存在を知り、俳句を学ぼうと思った。その後、氏が「スペインサンティゴ巡礼」800㎞を一人で歩いたことを知った。昨年(2012年10月)五街道最後の甲州街道を歩き終えたときに思い出し、仕事を辞められたらその延長としてスペイン巡礼の旅へ出ようと準備を始めた。ただ肉体的な障害も多く、4年前に前立腺肥大症手術の後遺症で週一の尿道拡張法措置、頚椎損傷で月一の牽引、両足親指第一関節損傷、高血圧症に加え、ぎっくり腰を6か月前から煩わっていた。それぞれの医師との打ち合わせを重ね、ぎっくり腰以外の障害は何とか1ヶ月半は持つようになった。腰の治療がままならず、直前でも「予定は変えられないし、いったいどうなるか?まさか1週間で帰ることもできまい。最悪の場合は、バス移動で観光旅行になるかも知れない」と腹をくくった。

 いよいよ巡礼開始!朝目覚めて靴の紐を結ぶ時に腰をかがめるのが大変だった。ゆっくりゆっくりと腰を下ろす。10㎏の荷を担ぎしばらくなじむまで痛みをこらえるしかない。宿泊はホテルでの3泊以外は宿泊費が5~10ユーロ(1ユーロ約130円)の男女混合二段ベットの「アルベルゲ(巡礼者用宿泊所)」。
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アルベルゲ

先着順による十数人の同室なので鼾(いびき)対策に耳栓、夜は9時過ぎまで明るいのでアイマスクは必需品。5時半起床6時出発、20~25㎞先のアルベルゲには11時30分には到着。すぐにシャワーを浴び、洗濯をして干し、それからランチ。グループの人たちは食料品店へ買出しに行き調理するが、単独の私は居酒屋「バル」ですます。昼寝をしてから2~3時間タブレットでブログを発信する。写真取り込みなど半年前から練習を重ねたことが功を奏した。日本で使っていたルーターは海外では一日2,980円と高いので現地のWiFi使用可能なホテル、居酒屋バルなどでパスワードを借りて何とかやり通した。

 俳句を詠むことも今回の巡礼の目的の一つだった。
6月18日~21日まで雨続きでポンチョを着た上に一日7時間、傘を差しっぱなし。後に右手ひじ痛に苦しめられる。標高1,430mのピレネー山脈越えで旧道を行く。雨激しく冷え込み、登り終盤には左足腿痙攣で遭難もありかなと恐怖を感じた。
6月22日、「ポピー咲く中世のみち馬糞かな」「アザミらも背丈異なるカミーノや」
6月26日、日本語を話す韓国人タイ氏に遭遇、「イエスと同じ痛みを感じたい」と素足で一日12時間歩くという。「素足ゆくイエスの指示と夏の月」
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韓国人タイ氏

6月28日、ペドラハ峠に1936年スペイン反フランコ統一戦線の戦で戦死した戦士たちを弔うモニュメントあり。苦学時代、現代政治史「統一戦線論」を学び正義感に高揚していた時代を思い出す。「炎天や反ファシズムの叫び聞き」
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1936年スペイン反フランコ統一戦線の戦で戦死した戦士たちを弔うモニュメント

6月29日、思いがけず、ブルゴスは夏祭り。民族衣装の数万人の群集が繰り出し、深夜3時まで喧噪。半端じゃない祭り好き国民性を実感。「鼾消す楽団ありし夏祭り」「おひねりで投げキッスあり夏祭り」
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7月1日、巡礼仲間の韓国の元小学校長キム・ナム氏は日本語学習中。ときどき並んで歩く。「巡礼の会話教室炎暑かな」
7月3日、アルベルゲの門限・就寝は午後10時でまだ明るい時間帯。星が見える時間、我々は就寝中。「星見ずに夏のスペインアルベルゲ」
7月6日、ジャパニーズフーズの要望に応え、14人分の鯛・海老などの魚料理と揚げ料理を担当、楽しい体験をした。「俄かシェフ夏巡礼のポテト揚げ」
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日本食の要望に応え、俄かシェフを演じるはめに・・・

7月7日、念願の12世紀の建築物サン・マルコス修道院の五つ星パラドール・デ・レオンに宿泊して感激。「中世の回廊飛びし夏つばめ」パラドール三階回廊のガラスドアに激突し、メガネフレームが左目の上にめり込み出血。
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レオンのカテドラル(大聖堂)
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鉄の十字架(7月11日)

7月22日、最終地点のサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着。カテドラル(大聖堂)で12時ミサに参加。若い神父が何度も欠伸をしているのに幻滅。「ヤコブ貝欠伸の神父夏夜長」句会の経験がない初心者の拙い句で恥ずかしいが、作句で苦しんだだけに記憶に残っている。
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サンティアゴ・デ・コンポステーラを見下ろす一つ手前のモンテ・デ・ゴソ

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最終地点のサンティアゴ・デ・コンポステーラのカテドラル(大聖堂)
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カテドラルに隣接するパラドールに泊まる

 言葉の問題は楽観的だった。外国人との会話には、「旅の指さし会話帳 スペイン」と「4か国会話ヨーロッパ編2(英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語)」の二冊。日本語が話せるアメリカ人、韓国人、スイス人などに遭遇。彼らを介して十数か国の人たちとの交流が可能になった。寒さや痛み体感の違いを感じた旅でもあった。早朝、私は長袖にジャンパー、長ズボンなのに彼らは半そでに短パン。アルベルゲで虫にも刺されたが、痛みや痒みを感じるのは日本人だけ。国や人種、言葉の違いがあれども、サンティアゴまで巡礼を続けるという志を同じくする巡礼仲間がいつもそばにいて、11世紀以来巡礼者を見守っている巡礼路に住む人たち、教会や修道院やアルゲルゲなどの関係者のおもてなしは、巡礼者にとって安らげる居心地のよいものだった。
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巡礼者は思い思いのいでたちで歩く
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完歩した巡礼者に発行される「巡礼証明書」

 予定よりも早く目的地まで歩くことができたので、その分パリでの滞在が長くなった。パリでも市内を歩き続け、エッフェル塔の公園で疲れ果てて寝込んでしまい、スリに現金のみを掏られて警察署、日本大使館との対応で不愉快な思いもした。いろんなスリの手口を体験、フランス人は道を譲らない、教えられた道の半分はいい加減、飲食店では足元を見られるなどパリの印象は最悪!でも、打ちひしがれたときに助けてくれる人も出てくるから、旅は面白い!スペインの田舎道・巡礼道歩きと危険な大都市パリとの対比を感じた旅でもあった。


☆第6回豊後街道を歩く 宮路~的石~肥後大津② http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2014-01-18
☆高野山麓の天然水「月のしずく」http://www.a-spa.co.jp/onsen-shop/
☆旅と温泉の相談室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆スペイン「聖地サンティアゴ巡礼」の旅 初日サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2013-06-19
☆温泉夜話 オーストラリアの温泉入浴に挑戦する!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2013-04-23
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
 http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2014-02-01

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履歴書

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
by 履歴書 (2014-06-08 10:11) 

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